2020年02月23日

まだ戦後の町を回想する

紫川の脇に建つ北九州市庁舎。戦後は進駐軍がこの辺り一帯を拠点にしていた。前にも書いた「勝山閣」が、ここに存在した所以も解りやすい。小倉城辺りは、勝山公園ができる前、進駐軍が去ってからの期間、土地の整備工事が行われていた。僕は友達と古銭堀りに、この地によく来ていた。小倉城の辺りには、江戸時代の貨幣が散らばって土に埋もれていた。掘り返すと古銭が出てくる。和銅開宝が出たら高く売れる、そんな期待感で一生懸命に探すのであった。昭和38年の話だ。映画「芦屋からの飛行」が公開される。ジョージ・チャキリス主演の戦争映画。芦屋から朝鮮戦争に向かう戦闘機操縦士の恋愛モノだったか。芦屋の米軍基地で撮影された。芦屋に行くと米軍兵の家族が住む家が、洋風で目立っていた。若松の「ともろビーチ」にはプールもあり、アメリカのファミリーのレジャーランド的な施設だった。 この時代の少年にとり、遊びには事欠かない環境があちらこちらにあった。
古銭が何故、散らばっていたか? 侍同士の戦(いくさ)があったから、と信じていたが。
posted by 高野 敬市 at 18:40| 日記

2020年02月22日

紫川の由来は?

小倉に流れる紫川。赤、白と色と組合わさった地名は多い。紫と川が付いた紫川の名の由来は? 群れ咲く、ムラな咲き、花の咲き方が一帯であった様から来るとか、村の先を指すからだ、と諸説ある。紫の色の持つ、高貴を以て謂われとするのが正しいのでは。紫川に合流する神嶽(かんたけ)川に対して、高貴である紫の川という謂われが、利に叶う。城下町に相応しい名称でもある。
posted by 高野 敬市 at 21:03| 日記

2020年02月21日

小倉に何故、競馬場が出来たのか?

小倉に競馬場が何故、出来たのかは、北九州の地に何故、競馬場があるのか?が原点の質問となる。競馬を日本で広めようとする動きが、北九州にあったからだ、が答えになる。八幡西区の本城に競馬場があったことを知る人は少ない。あったから、若松に今もある若松乗馬倶楽部も残っている。北九州には今で言う、馬主が沢山いたからで、いかに金持ちが多かったかを語ることにもなる。
若松に転勤することが、栄転と言われたほど、北九州は豊かな地であった。石炭、製鉄、軍事産業で栄えた。そんな所には必ず、馬を持ち、レースに出して楽しむ、贅沢な娯楽を楽しめる富豪がいるもので、この地に競馬場は作られた、が由縁である。
posted by 高野 敬市 at 10:41| 日記